物質的な豊かさは最早十分なのではないか
若者の〇〇離れ
若者の〇〇離れというワードをよく耳にする
テレビ離れ、飲み会離れ、活字離れ、カラオケ離れ、ゲーム離れ、パチンコ離れ、車離れなどなど、あげればキリがない。今、たくさんのものから若者が急速に離れていっているらしい
要は消費が冷え込んでいて昔ほど何かを買ったりしなくなったということらしいのだが・・・
そもそも若者が食いついていたのが戦後から高度経済成長期の好景気のたかだか数十年の話なので、今のこの状態は、加熱しすぎたブームが去って正常に戻っただけなのかもしれない
なぜ若者は消費をしなくなったのか
お金がないから興味がないフリしてるだけで金があれば買うとか、将来に対する明るい展望があれば活発に消費をするといわれているが本当にそうだろうか?給与水準も出世や昇級の可能性もバブルの頃に比べれば確かに下がってはいるだろう
私は若者というほど若くはないが、〇〇離れと言われ始めた頃はまだ確かに若者だったので、その当時の感覚で言わせてもらうと、確かにこのどれも欲しくなかった
もちろん欲しいと言えば欲しいが他に欲しいものがたくさんあった
もっと安くて物欲を満たしてくれるものは無数にあったので、車や酒の優先順位はどんどん低くなっていった
物質的な欲求が十分に満たされて別の次元の欲求を求めるようになったのではないか?
自分の時間を大切にして自分がやりたい趣味を他人の目を気にせずに心置き無くやるとか、他者から嫉妬されたい、羨望されたいという欲求の方がメインになってきているのだろう
フォトジェニック消費
若者の消費動向の変化はSNS上で投稿したくなるようなイベントや食べ物がメインになってきているらしい
パンケーキ屋に行列をなす女子たち。ニュースや街中でよく見たことがあるだろう。彼女たちは本当にパンケーキを好きなのか? もし彼女たちにインタビューすれば、オレンジ色のチークを目の下に塗りたくった笑顔でウンウンとうなずくだろうが、決して信じてはいけない。外がサクサクで中がフンワリ、そんなことは食べなきゃ分からん。むしろ味がまずくてもOK。まだ食べたこともない小麦粉の焼き物に5時間も待てるのは、パンケーキを食べたいからじゃなく、パンケーキを写真に撮りたくて並んでいるのだ。 もっと言うと、見栄えのするパンケーキを撮影しSNSに投稿するために並ぶのだ。もっともっと言うと、話題のスポットにいち早く行って、ステキな体験をしているイケてるワタシに、「いいね!」を沢山つけてもらいたくて5時間も待つのだ。あふれんばかりのフルーツが乗った華やかなパンケーキや、クリームがタワーのように積まれた、カロリーのかたまりのパンケーキの投稿に、「かわいい!どこの店?」「これ全部食べたの!?すごいね!」というツッコミコメントがもらえそうな写真を撮りたい。 見た目で勝負できるパンケーキ屋はここ数年行列が絶えないし、いくら美味しくてもビジュアル的に華がないと流行らないのがいまのパンケーキ業界だろう。
購買行動が視覚重視になってきているのだ。モノの機能的価値よりも、むしろモノがどう見えるか、そのモノをどう撮影できるか。そして、モノと自分、モノと仲間、モノと生活をどう見せられるか・・・それが価値なのだ。